「ブランド・ジャーナリズム」の時代

「恐れを知らない少女」の誕生。

2017年3月8日の朝。アメリカのウォール街に、ひとりの少女が現れた。金融界の強さの象徴である「チャージング・ブル」に立ち向かうように胸をはり、手を腰にそえ、眼差しはまっすぐ牛に向けられている。

彼女は「Fearless Girl(恐れを知らない少女)と呼ばれた。街は騒然となり、瞬く間にニュースとなって広がった。そして多くの人々が彼女に会いに訪れては、横に立ち、同じように胸をはって微笑む写真が、SNSに続々と投稿され、自発的に、それも爆発的に、世界中へと拡散された。

「fearless girl」の画像検索結果

これは「ビジネス社会における女性の地位向上」を訴えるために「国際女性デー」に合わせて設置されたものだった。広告主は資産運用会社である「ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ」。独自の調査により「経営者やリーダーに十分な数の女性がいる企業の方が業績が良く、長期的な価値を創造できる」ということを知っていたが、実際の女性役員の数はまだまだ少ないという問題に焦点をあてるためのキャンペーンだった。

一週間ほどで撤去されるはずだった銅像は、市民や世界中からのラブコールにより2年近くも延長され、2018年12月10日にニューヨーク証券取引所へ移設された。キャンペーン開始からたったの12週の間に、Twitterのタイムラインで46億回、Instagramで7億回以上表示され(*1)、カンヌ広告賞を筆頭に、世界中の広告賞を総なめにし、広告業界にも文字通り激震がおこった。

*1 301人の女性が新たに取締役に。”Fearless Girl”仕掛け人は訴える「くじけそうになったら足元を見て」ハフポスト

「広告業界を変えたFearless Girl」

正直に言って、僕はこのキャンペーンにとても大きなショックを受けました。最高の映画を見た後のように放心状態となり、夜はうまく眠れませんでした。同じように感じた同業の方も多くいるのではないかと想像します。それほどまでに、鮮やかで美しいキャンペーンでした。

アメリカを築いてきたウォール街という経済界の象徴、男性ばかりが占めるビジネス社会、そして女性が働く際に数多の弊害が存在している社会。そのような巨大でかつ繊細な社会の文脈を汲み取り「ひとつの銅像を設置する」というソリューションだけで社会を動かし、ある意味では変革してしまった。

「腰に手を当て胸を張る」という、みんなが「真似をしたくなるポージング」は、SNSに投稿するように働きかけています。大胆な発想から、緻密なクラフトまで、すべてが鮮やかでした。これほど低コストで、これほど大きな効果を産んだコミュニケーションを僕は他に知りません。

「ブランド・ジャーナリズム」とは何か。

Fearless Girlを見たときに頭に思い浮かんだ言葉が「ブランド・ジャーナリズム」でした。広告業界でもあまり一般的な言葉ではありません。

少しまどろっこしいですが、ブランド・ジャーナリズムを定義するとこのような文章になります。

ブランドとしての「思想」と「美意識」を基点にした、社会への「批評」となる広告コミュニケーション

ブランド・ジャーナリズムには、ブランドとしての「意思」や「思想」や「美意識」が不可欠です。誰かを敵に回すかもしれないリスクを背負いつつも、社会を「批評」する姿勢が求められます。もちろん、メッセージだけでなく、実態が伴っていなければ意味はありません。

「ブランド・ジャーナリズム」のマーケティング価値。

今の時代に「ブランド・ジャーナリズム」が必要である理由は、大きく言えば2つの側面から語れます。ひとつはマーケティング的価値、もう一つは社会的価値です。

まず大事なのは、ブランド・ジャーナリズムが「マーケティング」として機能する、という直接的な理由です。

「ブランド・ジャーナリズム」は、強い「思想」から生まれるものなので、その思想に共感するファンとの繋がりを強固にすることができます。プロダクトのスペックだけでモノが売れない時代に、「ファンをつくる」ことは最重要課題であることは言うまでもありません。

「社会性なんて物を売ることことに寄与しないじゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかし今の時代、特に若い世代で、「社会的に正しいこと」をやっていると思う企業に対しては「少し高くてもお金を払う」と思う人が増えているそうです。(*2)

さらに、ブランド・ジャーナリズムは自発的に拡散するため、低コストです。それは、SNSで賛否を巻き起こしながら拡散します。静かな水面に石を投げて生まれる波紋のように自然に広がっていきます。Fearless Girl が銅像をひとつ置いただけだったように、マス広告に高いお金を支払うのとは対照的に、圧倒的なコストパフォーマンスを発揮することができます。

NIKEによる政治スタンスの表明

ナイキの広告で大論争、スニーカー燃やす人も... 人種差別に抗議した選手を起用

ここでもう一つだけ事例を紹介します。

2018年に、NIKEがコリン・キャパニック氏を起用したものです。キャパニック氏はアメリカ国歌斉唱中に両腕を組んでひざまずくことで、人種の不平等や不均衡、警察による暴力に対し、抗議の意を示したことで話題となった選手です。

NIKEによるキャパニック氏の起用は大きな話題となりました。この広告はNIKEの政治的スタンスの表明に他ならない。いち企業が、それも大企業がそのような政治的なスタンスを名言するアクションをとることは滅多にありません。

この広告は壮大な賛否を呼び、多くの人が賛同した一方で、強烈に批判をする人も続出しました。SNS上ではNIKEの商品を燃やしたり、ハサミで切り刻んだした写真が多数アップされ、さらに話題が広がりました。

この広告はあらゆるメディアで取り上げられ、47億円相当の露出を獲得し、広告直後からオンラインでの売上げが急上昇、株価は史上最高値を記録し、18年の6~8月の決算は前年と比べ売上高10%増を記録した。もちろんその全てがこの広告によるものではありませんが、大きな影響があったのだろうと想像します。

「ブランド・ジャーナリズム」の社会的価値

ブランド・ジャーナリズムのもうひとつの大きな側面は、それがよりよい社会づくりに貢献するというものです。

Fearless Girl を手がけたマッキャンNYの社長、デヴィカ・ブルチャンダーニさんのインタビューの中にとても印象的な言葉がありました。

何よりも重要なことは、FearlessGirlを設置してから(クライアントの投資対象企業のうち)新たに301人の女性が取締役になったという事実です。そして28の企業が、今後女性を役員にすると手を挙げました。

世界は着実に変わっている。私はそれが嬉しいし、誇らしいんです。

Fearless Girl は、社会を前に進めることに成功しました。同時に、広告に携わる人々の希望にもなったと確信します。僕自身、その悠然と立つ彼女の姿を見るたびに、姿勢を問われ、勇気づけられています。

企業も広告をつくる人たちも、考え方を大きくアップデートしなければいけない時代です。高い視座を持ち、強い意思を抱き、よりよい未来をつくるための美意識を有する企業が増えていけば、社会が少しずつよくなっていくことは間違いありません。

「ブランド・ジャーナリズム」は賛否を産みます。時には「敵」も作ることになるかもしれません。しかし、だからこそ意味があると言えます。「みんなにいい顔」をするマーケティングではなく、意思を持ち、勇気を持ち行動することで賛同する仲間(ファン)が増えていきます。

日本で使われている年間6兆円越えの広告費が、少しでも「社会をよくすること」に使われていけば、少しずつ社会はよくなっていくだろうと信じています。

世界は着実に変わっている。私はそれが嬉しいし、誇らしいんです。

そんな風に思える仕事が一つでも社会に増えることを願って、「ブランド・ジャーナリズム」というマーケティングに光を当てたいと思いました。この本の中で、世界中の「ブランド・ジャーナリズム」の実例をもとに、その手法を解き明かしていきたいと思います。この書籍を通じて、ひとつでも多くの広告が、よりよい社会づくりに少しでも貢献することを願っています。

牧野
牧野

という本を書くことを決意したので、もし興味のある出版社、編集者の方などいましたら、お声がけください!