【対談】広告賞は実利に繋がる?精子セルフチェックサービス「Seem」入澤とエードット布施が、カンヌを目指した本当の理由。前編

 

「不妊の原因の約半分は男性にもある」

これはWHOが報告した「不妊の原因」に関するデータが伝えた事実です。「妊活」という言葉が日常的に使われるようになってしばらく経ちますが、「女性の妊活」に比べ「男性の妊活」や「男性の不妊治療」については、ご存知ない方も多いのではないでしょうか。

そんな「男性の妊活」というソーシャルイシューの解決に向けて誕生したのが、「Seem(シーム)」という自宅で手軽に精子の濃度と運動率を測定できるセルフチェックサービスです。「Seem」の公式サイトにはこのように綴られています。

Seemは夫婦の妊活の第一歩としてお使いいただく、精子のセルフチェックサービスです。初めて精子をみるのは勇気がいるかもしれません。しかし男性が妊活に参加することで、女性の負担や妊活にかかる時間やコストを抑えられる場合もあります。また、精子の状態は生活習慣の改善などにより変化することもあります。夫婦で取り組む妊活のために、まずは知ることから始めましょう。

https://seem.life/

実は、エードットでエグゼクティブコミュニケーションディレクターを務める布施優樹は、前職でこの「Seem」を開発した入澤諒さんと共にカンヌライオンズを目指し、2017年のカンヌライオンズで見事グランプリを獲得しました。

※カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)…世界にある数々の広告・コミュニケーション関連のアワードやフェスティバルの中でも、エントリー数・来場者数ともに最大規模を誇る。広告を超えた様々な業界からの注目度も高まっており、期間中に同時開催されるライオンズヘルスと合わせて、約100カ国から15,000人以上の来場者と全28部門に40,000点を超える応募が集まる。(公式サイトより引用(2020年))

今回のエードットジャーナルでは、カンヌライオンズでタッグを組んだリクルートライフスタイルの入澤さんとエードットの布施で対談を行いました。一見、実利に繋がらなさそうな広告賞。事業開発を行う入澤さんがなぜカンヌライオンズを目指したのか?その理由や、入澤さんが事業を考える上での大切にしている考えについて丁寧に語っていただきました。

 

入澤 諒

株式会社リクルートライフスタイル 新規プロダクトマネジメントグループ Seem事業責任者

2008年東京工業大学生命理工学部生命科学科卒業、2011年同大学工学部建築学科卒業。大学卒業後、モバイル系のIT企業に入社。女性向けの健康管理サービスの企画・プロモーションのディレクションや遺伝子検査サービスの立ち上げを担当。2014年11月にリクルートライフスタイルに入社し、新規事業開発部門に配属。スマホで精子のセフルチェックができる『Seem(シーム)』を立ち上げ、現在はSeem事業全体の戦略策定からUXの検討、プロダクト開発までを担当する。

・2016年度グッデザイン賞 グッドデザインベスト100、特別賞[未来づくり]受賞
・ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2017 優秀賞受賞
・カンヌライオンズ2017 モバイル部門 グランプリ、ゴールド、シルバー受賞 グラス部門 ブロンズ受賞
Seem公式サイト:https://seem.life/

布施 優樹

株式会社エードット Executive Communications Director

電通Y&R在籍中に獲得したカンヌライオンズ、Spikes Asia 2つのグランプリをはじめ、国内外で多数の受賞歴を持つ。2016年11月、大型資金調達で話題になっていたスタートアップ、GROOVE Xに単独自主プレゼンを敢行し、翌年同社に参画。同社の家族型ロボット「LOVOT」のブランドパーパス、CI/VI、マーケティング、異業種コラボレーションなどを担い、LOVOTの出荷を見届けて退社。2020年2月より現職で事業企画からクリエイティブまで一気通貫で手掛ける。直近では「#SafeHandFishプロジェクト」をスタート。

 

(左)エードット 布施優樹(右)リクルートライフスタイル 入澤 諒さん
お二人が手にしているのは「Seem」のオリジナルTシャツ

 

生命科学を専攻し、新卒で「ルナルナ」へ。入澤さんが開発した精子セルフチェックサービス「Seem」の背景とは

 

布施優樹(以下、布施):入澤さんと初めてお会いしたのは確か2016年10月。その後、年を越して2017年2月にプロジェクトがローンチし、2017年6月にカンヌでグランプリを取りましたね。お会いした当時、入澤さんはリクルートライフスタイルで「Seem」の事業を立ち上げていらっしゃいましたが、「Seem」立ち上げ前はどのような仕事をされていたんですか?

入澤諒さん(以下、入澤):まず新卒で、株式会社エムティーアイに入りました。「ルナルナ」や「music.jp」、最近だと「CARADA」というカラダのバイタルデータを記録できるアプリなどを扱ってる企業なのですが、そこでの配属先が「ルナルナ」だったんです。そこに配属されてから2年半ほどは「ルナルナ」の事業を通して、生理、生殖、妊娠、妊活について学び、その後の1年間で遺伝子解析事業立ち上げのプロジェクトに関わらせてもらいました。

※ルナルナ…生理日管理アプリ。生理と妊活、妊娠中・育児中になっても使える、女性のカラダとココロをサポートするサービス。

 

布施:前職の時から、生殖、妊活、遺伝子…といった事業を経験されていたんですね。

入澤:そうですね。エムティーアイに新卒で入社する前は、1度目の大学で生命科学を学んでいます。ちなみに2度目の大学では建築を学んでいました。

 

布施:そうだ。大学での専攻とは全然違うところに就職したんだ!って思った記憶があります。でもその前に、生命科学を学ばれていたんですね。そのようなバックグラウンドが、「Seem」のベースになっているのでしょうか。

入澤:「ルナルナ」で生殖や妊活というものに興味を持った部分もありますが、もともと「Seem」を考えついたきっかけも、大学で専攻していた生命科学、特に遺伝子や生殖の研究を身近でみていたことが大きく関係しているかなと思います。僕は2014年の11月にリクルートライフスタイルに転職したのですが、リクルートライフスタイルはリクルートグループの中でも日常消費領域のサービスを提供する会社です。例えば「ホットペッパー」などのメディアは、ご存知の方も多いサービスではないでしょうか。

 

布施:入澤さんがリクルートに入られた時、すでに「Seem」の原型になるような事業計画か何かがあったんですか?

入澤:入った時は何も考えてなかったですね。ただ、「ヘルスケアのサービスをつくりたい」ということだけは面接でも言っていて、それで新規事業を開発する部署に入れてもらいました。なので、どんな事業を開発しようかと考えた時に、今までの自分の経験や解決したい課題でテーマを選んだ結果生まれたのが「Seem」だったんです。

 

 

アワード獲得は、認知のきっかけづくり?グッドデザイン賞を受賞したことで知る「お墨付き」の効果

 

布施:そのような流れで「Seem」が誕生したわけですが、テスト販売が終わったくらいのタイミングで僕は入澤さんに出会い、早速「アワードを取りましょう」という提案をさせていただきました。ただ改めて考えると、事業を立ち上げて間もない時期に、よくあんなチャレンジングな提案を受け入れてくださいましたよね…。

入澤:新しいジャンルのサービスではあったので、立ち上げ当初から「認知を取らないといけない」とは考えていました。もちろん「男性の妊活」とか、「男性の精子をチェックする」という文化もなかったので、まずは「男性の妊活・不妊」という課題の部分から一緒に啓発しないといけない。だからこそPR的な動き方がとても重要だな、とは思っていました。

 

布施:なるほど。課題から啓発する、ですか。カンヌやACCなど、いわゆる「クリエイティブアワード」や「広告賞」ってたくさん存在するのですが、日本だとどうしても“企画サイドだけ”の盛り上がりで終わってしまっている気がするんです。だからこそ、なぜ「Seem」は事業立ち上げ期にカンヌに応募しようと思ったのでしょうか?そこがすごく気になります。

入澤:事業側からしたら、いきなりアワードに応募しようとは思わないですよね。あまり「実利」につながらないというか。ただ今思うと、布施さんに提案していただいたときに「カンヌに挑戦してみようかな」と思えたのは、「グッドデザイン賞」をとった経験が大きく影響している気がします。

 

 

布施:そうだ。「グッドデザイン賞」も受賞されていましたね。

入澤:ちょうど布施さんと出会ったタイミングで、「2016年度グッドデザイン賞特別賞」と「グッドデザイン・ベスト100」をいただきました。大学で建築を学んでいたのでグッドデザイン賞自体は前から知っていましたし、せっかくリクルートに入ってリアルの「プロダクト」をつくることができたのだから、グッドデザイン賞にも挑戦してみたいなと思ったんです。幸いにも賞をいただくことができたので、そのタイミングでプレスリリースを打ってみたら、こちらもかなりの反響がありました。僕はそこで「アワードを受賞すること自体がニュースになる」ということを1回経験していたから、カンヌの話が出た時も「せっかくだし出してみるか」という気持ちにすぐなれたんだと思います。「カンヌを取ることが、新しく認知をとるきっかけになる」と思ったんです。

 

布施:「アワードを取ることがPRに繋がる」ということを、理解しているクライアントさんってまだまだ少ないですよね。なるほど入澤さんは、アワードを取った後に「こんな出来事が起きるんだ」というところまで理解していたからこそ、カンヌにも挑戦できたんですね。

入澤:当時は「スマホで精子をチェックする」と言われても、どんなサービスなのかもわからないし、それ以前に精子をチェックする意義もわからない、という感じだったんです。だから「カンヌ」という権威ある賞をいただけたら、サービスの認知拡大と信頼性を高めることにも繋がるかもしれない、という想いもありました。

 

布施:グッドデザイン賞って、PRや販促、ブランディングの側面できちんと機能していますよね。グッドデザイン賞がもつ効果について、企業が実感を持って理解しているから応募数も多い。だから、グッドデザイン賞のように受賞の結果がきちんと社会の中でワークしていけば、他の広告賞やクリエイティブのアワードも、もっと盛り上がるのになって僕は前から思ってて。僕は一時期、大人の青春のようにカンヌなどのアワードに応募していたんですが、嬉しいことに最近カンヌの日本のパートナー企業が日経新聞になったんです。なので、日経新聞の中でカンヌの特集が組まれたりしたんですよ。

 

入澤:広告業界だけじゃなく、ビジネスサイドにも広げていこうとしてるんですね。それはいい変化だ。

布施:海外だったら、カンヌの場に直接P&GとかコカコーラとかのCMOがきちゃったりして、ヘッドハンティングがあったり、新しいビジネスが生まれたりするんですよね。そういうチャンスの場なんだということを知ってもらえれば、日本のナショナルクライアントとか、広告主、事業会社ももっと応募する意義が見出せるのかなと。なので、こうして風向きが変わったのは本当にいい変化だと思います。

 

 

アワード獲得は実利に繋がる?カンヌGPをきっかけに生まれた、新たなビジネスチャンス

  

布施:カンヌでグランプリを受賞された後、それをどうやって実利に繋げていきましたか?アワード受賞がビジネスに活かせていないクライアントや、サポートできていない代理店がまだまだ多いと思うんです。

入澤:実際に「カンヌでグランプリ取ったよ」と言っても、「映画撮ってたんだ!」と驚かれることもありますし、正直日本ではエンドユーザー向けのコミュニケーションで活用するには難しいですね。ただ「Seem」はtoC向けのプロダクトではあるのですが、販売チャネルで言うと実はドラッグストアや家電量販店などの企業も多いです。なのでそういう企業の方、特に経営層の方には、カンヌで賞をいただいたことをお伝えすると、「信頼できるプロダクトなんだ」とか「社会性の高いプロダクトなんですね」という反応をいただくことが多いです。社会課題を解決するというビジョンを話すときも、カンヌのグランプリを受賞したことを伝えると、「やっぱりいいプロダクトなんですね」って言っていただくことが多いですね。

 

布施:なるほど。「社会課題を解決する」というビジョンを語るのにも、「カンヌでグランプリを取った」というと説得力が増しますね。

入澤:あとは、カンヌを獲ったことをきっかけに呼んでいただいたカンファレンスで、サツドラの社長 富山さんと出会いました。カンファレンスが終わった後に声をかけていただいて、「すごく良いプロダクトだから、うちでも取り扱いたい」って言ってくださって、その場で導入が決まったりして。そういう副次的な効果もありましたね。

 

▶︎後編につづく

  

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